オリジナル小説下書き:リビルダーズ1『目覚めた家畜から』:第五話

 真っ昼間から行われるイベントだけど、私は万が一の有事に備えることにした。何があってもおかしくない。それが、赤桜。

 私たちは早めに自宅を出て、近所をぶらぶらすることにした。行くところは極めて限られてるけど。それでも、英子が一緒なら、どこへ行っても楽しめる。

 エンジニアブーツを履き、つま先に打ち込まれている鋲で床を打ち鳴らした。更に折りたたみ傘に偽装を施した「特殊警棒」も携え、準備万端。英子は「大袈裟だよ」と言うが、これでも足りない。本当は、脇差しでも持ち出したいところ。

 力では男共に敵わず、どれだけ鍛えても限界はある。だから、武装が必要になってくるのだ。私たちは常に「食われる側」であることを理解しなくてはならない。誰も頼れない。だから、自分が強くなるしかない。どのような手段を用意してでも。

 英子は私の前にかがみ、「それ、ずっと履いてくれてるね」と、はにかんだ。私は「これは英子の魂よ。盟友ね」と言った。

 エンジニアブーツは英子から送られた物だ。相当に無理して買った物のようだけど、値段は聞かなかった。私は黙って受け取り、外へ出る時は必ず履くようにしている。これまでに、レイパーや痴漢共の急所をこれでもかと蹴り上げてきた。このエンジニアブーツは「戦友」でもある。

 赤桜町の深夜は極めて危険だ。三百メートル歩く間に高確率で二回はレイプされる。ここ最近は特に酷い。男は残らず去勢してしまえばいいのだ。

 英子は少し危なっかしい。彼女は普段からおっとりとしていて、アホみたいに優しい。いずれ、その優しさが仇となってしまうに違いない。悪鬼共が目を光らせて彼女を狙ってるはず。

 この世界はお花畑ではなく、骸の山に囲まれた墓場よ。

 骸の上に咲いた花を餓鬼がむしれば、魑魅魍魎共がちんどん騒ぎ。百鬼夜行は朝まで続き、享楽に耽るは鬼ばかり。

 後悔してからでは遅い。ルーダスは、もしかしたら、度しがたい変態かも知れない。実は常識的な御婦人だったならば失礼。とにかく、私は赤桜で警戒を解くつもりは微塵もない。

 何故に私たちは危険な赤桜町に留まっているのか……勿論のこと、本音は一日でも早く「赤桜市」から出たい。出たいのだが、市外へ転居するには許可が必要で、その許可が下りないのだ。過去に私は幾度も申請したが、理由もよく分からず却下されてしまった。

 市内なら自由に転居できるけど……大して意味がない。赤桜はどこも危険スポットだらけ。人の少ないところが最も危ない、とも言われている。つまり、市内で最も人口の多い赤桜町は「一番危険だけど一番安全だ」と……いや、これでは意味不明だ。まるで禅問答だ。「比率」の話なのだろうか。ただ、爆発的に増えた性犯罪がそれを物語っているように、外国人の流入者は着実に数を増やしている。いずれ、日本人の数を上回るのでは。それとも、既に……

 現在、行政により全国で「居住数」を一定に保つ試みが行われてるらしい。「らしい」と言うのも、小役人共の歯切れが恐ろしく悪い。きちんと教えてくれない。「何かを隠してるのでは」と思いたくなる。どのような事情なのか、外国人は自由にどこへでも住める。あまりにも不公平だ。小役人の歯切れの悪さは、きっと外国人が関係している。あるいは、実は彼らも何も知らないのか。

 以前、「日の本ふれあい広場」という電子掲示板に「市外へ住みたい」と書き込んだ。すると、「自分も出たい」と次から次へと書き込まれたことがあった。皆、それぞれの市や町などに閉じ込められてる状態のようで、鬱積を募らせているのだろう。嘘か本当か分からないが……ある人が旅行だか出張を装い、こっそりと市外で生活を始めたそうだ。そうしたら、物の三日で逮捕され、投獄されてしまったらしい。ああ、これは噂だから、真に受けると後で馬鹿を見るのは私の方だろう。この逸話の後、「何故に他所で生活できないのか」と議論が白熱し、その時は「過疎地を可能な限りなくすため」との結論だった。それにしても……分からないことだらけだ。昔から、そうだ。

 あれからどうなったのかと思えば、その「日の本ふれあい広場」は雲散霧消していた。政に関わる情報を扱うウェブサイトなどは息が短く、早ければ数日で閉鎖してしまう。その理由の多くが「意図せずとも行政に対する不信感を煽るため」だそうだ。ならば、隠し事はなしよ。馬鹿者が。

 果たして、市外の人たちは生活が成り立ってるのだろうか。国全体で「失業者は限りなくゼロ」と言うが、赤桜町一つ取り上げても、繁華街などでは普通にホームレスが横たわっている。彼らは望んで無職なのだろうか……よく分からない。それもやはり、外国人が多い印象だ。

 気になって仕方ない。国全体の状況がどうなってるのか、知る方法がない。目に付いた電子掲示板などで断片的に情報は得られるが、すぐになくなってしまう。これについて英子に意見を求めたら、「私にとってあなたが全てだから」と、分かったような分からないような意見が……ただ、この辺りの事情に関しては、彼女もやきもきしているはず。

 テレビはローカル放送のみ。その昔は全国放送もあったらしいけど。今は少なくとも関東圏内のみの情報しか受け取れず、それも政とは無縁の「どうでもいい情報」ばかりだ。政治家たちが何をしてるのか、全く知ることができない。大して興味も湧かないが。

 何かをしようとする際、「これは駄目だ」と言われて、初めて「ああ、駄目なのか」と知るのだ。役所も機能してるとは言いがたい。派手に文句を言えば警察がすぐに現れ、連れて行かれてしまう。実際に連れて行かれた市民を何人も見た。

 いつぞや、「日本がどうなろうと関係ない」と言ったら、英子に物凄く悲しそうな顔をされてしまった。語弊を招いたと思い、慌てて「なくなって欲しいとか、そういう意味じゃない」と言い直した。私は単に「政治家が信用できない」だけだ。

 知らないままの方が、いい時もある。私は、このまま何も知らずに死んでいくのかも知れないが、最期まで彼女と一緒にいられれば。

 私にとって、英子だけが人生の全て。

 お願い。もう、あなたしかいないのよ。そう、あなただけ。

(続く)

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